嵐の紅白出場回数は何回?歴代曲目や司会・大トリの伝説を徹底解説
年末の風物詩であるNHK紅白歌合戦において、日本のエンターテインメント界を牽引し続けた「嵐」。2020年末のグループ活動休止から時が流れた現在も、彼らが紅白のステージで刻んだ数々の大記録や伝説的なパフォーマンスは、音楽ファンの間で色あせることなく語り継がれています。
CDデビューから10周年の節目となった2009年の鮮烈な初出場から、活動休止前ラストとなった2020年の感動的なステージまで、嵐が紅白の歴史に刻み込んだ足跡はまさに破格でした。通算の出場回数はもちろん、5人揃っての司会や個人での司会歴、大トリを務めた回数、歴代の歌唱曲リストまで、膨大なアーカイブと当時の熱気とともにその全貌を徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:嵐のNHK紅白歌合戦への通算出場回数は「12回(2009年〜2020年まで12年連続)」
- 要点2:白組司会はグループで5年連続+個人で計4回(相葉1回、二宮1回、櫻井2回)担当し、大トリは通算3回(白組トリ計4回)を記録
- 要点3:2020年のラスト紅白は東京ドームの単独生配信ライブ会場から中継を結び、圧倒的な存在感のまま活動休止前の有終の美を飾った
【全12回】嵐のNHK紅白歌合戦における出場歴と連続出場記録
嵐のNHK紅白歌合戦への通算出場回数は全12回です。2009年(第60回)に初出場を果たして以降、活動休止に入った2020年(第71回)まで12年連続出場という大記録を打ち立てました。
1999年の鮮烈なデビューから10年間、ヒット曲を連発しながらも紅白への出場機会がなかった嵐ですが、10周年を迎えた2009年に満を持して初出場を果たしました。当時の音楽シーンにおいて、ジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT等)所属グループの紅白出場枠は長年2枠(SMAPとTOKIO)が慣例化していた背景があり、嵐の初出場は紅白の歴史における大きな転換点となりました。
初出場以降は、単なる1出演者にとどまらず、番組の「顔」として毎年のように視聴率の牽引役を担い、紅白のステージを華やかに彩り続けました。

【歴代曲目&データ一覧】12年間のスペシャルメドレーと大トリの歴史
嵐の紅白ステージの大きな特徴は、ほぼすべての年で特別なアレンジが施された「スペシャルメドレー」が披露された点です。以下は、初出場から2020年のラストステージまでの出場記録、歌唱曲目、司会担当、番組内での重要な役割を一覧にまとめたデータです。
| 放送年・回 | 歴代歌唱曲目(メドレー内容) | 主な役割・出番順 | 編集部の見解・当時の反響 |
|---|---|---|---|
| 2009年(第60回) | 嵐×紅白スペシャルメドレー (A・RA・SHI / Love so sweet / Happiness / Believe) | 初出場(後半戦) | デビュー10周年での悲願の初出場。鮮烈なフライング演出で話題を独占。 |
| 2010年(第61回) | 2010紅白オリジナルメドレー (Troublemaker / Monster) | 白組司会(グループ) | グループとして史上初の白組司会に抜擢。紅白の新たな時代の幕開け。 |
| 2011年(第62回) | 2011紅白スペシャルメドレー (迷宮ラブソング / 果てない空) | 白組司会(グループ) | 東日本大震災の復興支援ソング「ふるさと」を歌唱し、国民的共感を呼ぶ。 |
| 2012年(第63回) | New Year's Eve Medley 2012 (Wild at HEART / Face Down) | 白組司会(グループ) | 最先端のプロジェクションマッピング技術を融合させた先駆的パフォーマンス。 |
| 2013年(第64回) | New Year's Eve Medley 2013 (Endless Game / Breathless) | 白組司会(グループ) | 4年連続司会。完成されたフォーメーションと安定した司会進行を確立。 |
| 2014年(第65回) | 2014 Thanks Medley (感謝カンゲキ雨嵐 / GUTS !) | 白組司会 / 白組トリ | 5年連続司会の集大成。グループとして初めて白組トリの大役を担当。 |
| 2015年(第66回) | New Year's Eve Medley 2015 (sakura / 愛を叫べ) | 後半戦出演 | 『スター・ウォーズ』との公式コラボレーションなどスケール感のある演出。 |
| 2016年(第67回) | 嵐×紅白スペシャルメドレー (嵐×紅白スペシャルメドレー / One Love / A・RA・SHI) | 大トリ(相葉雅紀単独司会) | グループとして初の紅白大トリ。相葉雅紀の涙とメンバーの絆が感動を呼ぶ。 |
| 2017年(第68回) | 嵐×紅白スペシャルメドレー2017 (GUTS ! / Doors 〜勇気の軌跡〜) | 後半戦出演(二宮和也単独司会) | 二宮和也が安定したトーク力で見事に白組優勝旗を手にし話題に。 |
| 2018年(第69回) | 嵐×紅白スペシャルメドレー (君のうた / Happiness) | 大トリ(櫻井翔単独司会) | 平成最後の紅白で2回目の大トリ。会場全体を巻き込む圧倒的祝祭空間を演出。 |
| 2019年(第70回) | 嵐×紅白 スペシャルメドレー (A・RA・SHI / Turning Up) | 大トリ(櫻井翔単独司会) | 令和初紅白で2年連続の大トリ。NHK2020ソング『カイト』初披露も担当。 |
| 2020年(第71回) | 嵐×紅白 2020スペシャルメドレー (カイト / 君のうた / Happiness) | 活動休止前ラスト(東京ドーム中継) | 生配信単独ライブ会場から生中継。日本中に感謝と勇気を届けた伝説のステージ。 |
【司会年数と大トリ回数】紅白を支えた「国民的ホスト」としての9年間
嵐の紅白における功績を語る上で欠かせないのが、司会およびトリとしての圧倒的な実績です。
白組司会の実績:グループで5年、個人で4回担当
嵐は2010年(第61回)から2014年(第65回)まで、5年連続でグループ全員が白組司会を務めました。グループによる複数年連続司会は紅白史上初の快挙であり、それまでの厳格な歌番組の枠組みを、老若男女が親しみやすいアットホームなエンターテインメント番組へと再定義しました。
さらにグループ司会の一巡後、メンバー個人の力量が評価され単独司会へとバトンが渡されました。
- 2016年(第67回):相葉雅紀(初の単独司会。温かみのある進行で視聴者を魅了)
- 2017年(第68回):二宮和也(的確な機転と軽妙なトーク力で番組をリード)
- 2018年(第69回)・2019年(第70回):櫻井翔(2年連続担当。報道番組で培った安定感抜群の進行力を発揮)
グループでの5年間と個人での4年間を合わせると、嵐のメンバーは合計9年間にわたって白組司会の重責を担い続けました。
大トリ回数は通算3回(白組トリは計4回)
番組全体の最後を飾る「大トリ」を、嵐は通算3回務めています(2016年、2018年、2019年)。また、2014年には大トリ(松田聖子)の前となる「白組トリ」を務めているため、白組の最終歌唱者としては計4回ステージに立っています。
初の大トリとなった2016年、単独司会を務めていた相葉雅紀が歌唱中に感極まって涙を流し、隣でメンバー4人が優しく肩を叩きながら支え合う姿は、紅白史に残る名場面として広く知られています。

【2020年ラストステージの真相】東京ドーム生配信ライブ中継と5人の絆
嵐の紅白出場において最も劇的なドラマを生んだのが、活動休止当日の2020年12月31日(第71回)のステージでした。
この日、嵐は東京ドームにて無観客生配信ライブ『This is 嵐 LIVE 2020.12.31』を同時開催していました。NHKホールへの移動が物理的に不可能な中、NHKの制作陣と嵐のライブ運営スタッフは綿密な技術連携を行い、東京ドームの特設ステージからNHK紅白歌合戦の生放送枠へ完全中継で出演するという異例の生中継コラボレーションを実現させました。
披露された楽曲は、米津玄師が作詞・作曲を手掛けた『カイト』、温かなメッセージが詰まった『君のうた』、そして嵐の代表的アンセムである『Happiness』の3曲。歌唱前にはリーダーの大野智がメンバーを代表し、21年間支え続けてくれたファンや関係者へ向け、一言一言噛みしめるように感謝のメッセージを語りました。
画面越しでも伝わる5人の強い絆と、自分たちの単独ライブの観客・紅白の視聴者の双方を一切置き去りにしない圧巻のパフォーマンスは、平均世帯視聴率(第2部・関東地区)40.3%という高水準の中で、瞬間最高視聴率に迫る大きな反響を呼びました。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「なぜ2008年以前は出場しなかったのか?」
ネット上のQ&Aサイトやコミュニティでは、「あれほどの人気グループだった嵐が、なぜ2008年以前は紅白に出ていなかったのか?」という疑問がしばしば議論されます。「NHKから嫌われていた」「落選していた」といった憶測が散見されますが、これは当時の芸能界およびテレビ界の構造的枠組みに対する誤解です。
真相は、当時のNHKとジャニーズ事務所の間で事実上存在していた「1事務所あたりの紅白出場枠制限(原則2枠)」にあります。1990年代後半から2000年代半ばにかけて、同事務所の紅白枠は長年にわたりSMAPとTOKIOの2枠で固定されており、V6やKinKi Kids、嵐といった当時のトップグループであっても出場しない(年末はジャニーズカウントダウンコンサートや単独公演に専念する)運用が慣例化していました。
2009年、嵐のCDデビュー10周年イヤーにおける社会現象的な大ブレイク(シングル年間ランキング上位独占など)を受け、NHK側が枠組みを撤廃・拡大。嵐とNYC boysが初出場を果たしたことで、その後の複数グループ出場への道が切り拓かれました。嵐の紅白出場は、単なる1組の初出場にとどまらず、日本のテレビ音楽番組のキャスティング構造そのものを塗り替えた歴史的転機でした。

【実態検証】視聴率データから見る「嵐×紅白」の圧倒的影響力
嵐が出場していた2009年から2020年までの期間、紅白歌合戦の歌手別視聴率ランキングにおいて、嵐は常にトップ争いの常連でした。
ビデオリサーチの調査データによると、嵐が大トリを務めた2016年(第67回)の歌唱場面では歌手別最高となる43.7%(関東地区・世帯)をマーク。また、初司会を務めた2010年以降も毎年のように40%台後半の瞬間最高視聴率を叩き出しました。
SNS上でのリアルタイム反応を見ても、「嵐の出番で家族全員がテレビの前に集合した」「紅白のカウントダウンと嵐のステージで年越しを実感する」といった声が定着し、デジタル化・メディアの細分化が進む2010年代において、「分断された家族を茶の間に集める最後の国民的接着剤」としての役割を果たしていたことが実証されています。
【プロの結論】大衆エンタメ社会学から読み解く「嵐と紅白」が築いた共鳴の構造
嵐が紅白歌合戦において12年間連続で絶大な支持を集め続けた理由は、単なる楽曲のヒットやルックスの良さだけでは説明がつきません。そこには、現代日本社会の心理的ニーズと見事に合致した「関係性の美学」が存在していました。
昭和から平成初期の紅白歌合戦は、圧倒的なカリスマや大御所歌手が個の力で歌い上げる「権威のステージ」でした。しかし、平成後期から令和にかけて視聴者が求めたのは、過剰な競争や上下関係ではなく、「フラットで安心感のある相互承認の空間」でした。
嵐の5人が見せた、誰一人として他者を貶めず、互いの個性を尊重し合い、失敗も笑顔でフォローし合う姿は、社会心理学でいう「心理的安全性」の究極のモデルケースでした。紅白という日本で最も緊張感の高い生放送の舞台で、彼らが放つ温かな多幸感とチームワークは、年末の慌ただしい視聴者の心を癒やす特効薬として機能したのです。
権威から共感へ——紅白歌合戦という伝統ある国民的番組のパラダイムシフトを完遂させた主役こそが、嵐という5人組であったと結論づけられます。
【嵐 紅白 出場 回数】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:嵐の紅白歌合戦の通算出場回数は何回ですか?
A1:通算12回です。2009年の第60回に初出場してから、活動休止前の2020年第71回まで12年連続で出場しました。
Q2:嵐が紅白で大トリを務めた回数と年はいつですか?
A2:番組全体の大トリを務めたのは通算3回で、2016年(第67回)、2018年(第69回)、2019年(第70回)です。なお、2014年(第65回)にも白組のトリを務めています。
Q3:嵐のメンバーで紅白の単独司会を担当したのは誰ですか?
A3:相葉雅紀(2016年)、二宮和也(2017年)、櫻井翔(2018年・2019年の2年連続)の3名です。グループ全体での5年連続司会(2010年〜2014年)と合わせ、メンバー関連の司会は計9回にのぼります。
Q4:2020年のラスト紅白で歌った曲目と出演場所は?
A4:単独生配信ライブを開催していた東京ドーム特設ステージからの中継で出演し、「嵐×紅白 2020スペシャルメドレー」として『カイト』『君のうた』『Happiness』の3曲を披露しました。
まとめ:嵐が紅白歌合戦に刻んだ永遠の金字塔
2009年の鮮烈な初出場から2020年の感動的なラストステージまで、嵐が紅白歌合戦で刻んだ12年間の軌跡は、日本の音楽史・テレビ史において不滅の記録です。
通算12回の出場、5年連続のグループ司会、3名による個人司会、そして3度の大トリ。提示された数々の数字や記録の凄まじさはもちろんのこと、何よりも彼らがステージ上から日本中に届けた温かな歌声と笑顔は、今も多くの人々の記憶に鮮明に焼き付いています。
時代が平成から令和へと移り変わる激動の時代において、国民的音楽番組の象徴として輝き続けた嵐の紅白ヒストリーは、これからも色あせることのない伝説として語り継がれていくはずです。 (出典: 嵐 紅白 出場 回数(Yahoo!ニュース))